第38回       錦織圭の2014年を記憶する

 いろいろなことがあった2014年も無事終わり、まっさらな(だと思いたい)2015年がスタートした。ここ数年、毎度のように年初に思うことだが、今年はもっとテニスをしたいなと思っています。お付き合いのほど、どうかよろしくお願いします。

もうすでに世界各地でテニス界は始動しているわけだが、ここでもう一度2014年を振り返ってみたい。なぜならば、昨年のテニス界の出来事、つまり錦織圭の活躍はしっかり記憶しておく必要があると思うからだ。

 昨年は錦織圭くんの年であった。年初のオーストラリアン・オープンのベスト16から始まり、バルセロナ・オープン優勝、USオープン準優勝、ATPワールドツアー・ファイナルズのベスト4まで、従来のテニスファンだけではなく、これまでテニスにまったく興味のなかった一般の人たちも巻き込んで、日本中を楽しませてくれた。

 特にツアー・ファイナルズの開催中の注目度はすごかった。朝の情報番組、昼のワイドショー、そして夕方のニュースと、テレビ、新聞で、「錦織圭」の映像と文字を見ない日はなかった。社会現象と言っていいだろう。以前からのテニスファンでさえ、今回初めて「ツアー・ファイナルズ」という大会の存在を知った人も多かったと思う。もう「にしきおり」と読む人もいなくなったのではないか。

 USオープン以降、契約メーカーのユニクロが「錦織圭モデル」をネットで注文販売すると、わずか1時間で完売してしまうという話を関係者から聞いた。現在でも、店頭では買うことができず、ネットでは即完売という状態なのだそうだ。余談だが、現在、ユニクロのテニスウェアが一番売れているのは、日本ではなく、フランスなのだそう。

 年最終の世界ランキングは5位。堂々の世界のトッププレーヤーだ。本当に信じられない。圭くんは僕らの想像以上の高みまで行ってしまった。

 10月の楽天ジャパンオープン初日に久しぶりに有明を訪れ、以前の記者仲間や協会のスタッフなどテニス関係の古い仲間と会う機会があったのだが、みんなどこか浮き足立ってるというか、そわそわしている感じだった。何しろ日本人のトップ10プレーヤーが生まれるなんて日本テニス界にとって初めてのことなので、この状況に対してどう対応していいのかわからないといった感じなのだ。練習コートに圭くんが入る1時間以上前から大勢のスタッフが配置され、一般人を閉め出すなど厳戒態勢がとられた。単なる練習なのに、驚くほどの大勢の報道陣がコートサイドに陣取っていた。今まで見たことがない光景だった。

 コーチのマイケル・チャンの力が大きいのだという話を、何人ものテニス関係者から聞いた。それまでは、圭くんが例えばフェデラー相手に善戦すれば、周りの人間は皆、「(あのフェデラー相手に)よくやった」というような反応だったのが、チャンだけは違って「なんで勝てたのに、必死でやらない?」という態度らしい。「相手をリスペクトする気持ちはわかるが、コートに入ったら誰が相手であろうと自分が勝つという強い気持ちでやれ」と。

 チャンといえば、思い出すのは1989年のフレンチ・オープンだ。17歳のチャンは、4回戦で当時ナンバーワンだったイワン・レンドルを相手に死にものぐるいで戦っていた。2セットダウンから挽回し、フルセットに持ち込む。長いラリー戦で両足にケイレンを起こしていたチャンは、王者レンドルを小バカにしたようなプレーで翻弄する。あの有名なアンダーサービスは今でも語りぐさだ。そしてマッチポイントでは、リターンのポジションをベースラインとサービスラインの中間にとってプレッシャーをかけ、レンドルのダブルフォールトを誘ったのだった。勝利の瞬間、赤土の上に倒れ込んでしまうチャン。精も根も尽き果てた感じだった。勝利のためには何でもやった、まさに泥だらけのヒーローだった。

 特に強烈なショットを持たないチャンが世界のトップで長年活躍できたのは、よほどのメンタルの強さがあったからだろうと思われる。そして、チャンのテニスは常に進化していた。現役後半のチャンのサービスは、以前とは比べ物にならないほどパワーアップしていた。

 ずっと前、ジャパンオープン出場のために来日した引退間近のチャンにインタビューしたことがあるが、彼の発する言葉の中に、この厳しい戦いの世界で、自分の信念を貫き通してきたという心の強さを感じた。物腰はソフトだが、視線はとても鋭かったのを覚えている。

 グラウンドストロークの破壊力、リターンの強さに加え、ドロップショットなど、コートを立体的に使うアイディア、今や圭くんのテクニックは明らかに世界のトップ。そこに体力が備わり、チャンの持っていたフェイティング・スピリットを叩き込まれたとしたら。

 2015年は、どこかのグランドスラム大会の最終日に、大きなカップを高々と掲げている錦織圭くんを目にすることができるかもしれない。以前は夢のような話に聞こえたかもしれないが、それはもう、本当にあと一歩のところまできている。

 もうすぐオーストラリアン・オープンが始まるが、僕は、それは5月のフレンチ・オープンではないかと勝手に想像している。決勝の相手が、土の王者ラファエル・ナダルなら最高だ。これまでのテニスの概念を打ち破るような衝撃的な形で勝ち、世界を驚かせる。つまり、球足の遅い赤土の上で、ここまで攻撃的にプレーできるのか、という戦い方でナダルを破り、歴史を作るのだ。

 どうやら今年も錦織圭から目が離せそうもない。

                         (2015/01/07)


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