第31回       プロの衝撃

 初めてプロのプレーをナマで観たのはいつだったろう。かつて東京体育館で開催されていたセイコースーパーテニスだったかもしれない。父親とふたりで観戦に行ったのだった。ビヨン・ボルグやジミー・コナーズなど、テレビの画面でしか観たことがなかった憧れのスーパースターたちがすぐ目の前でプレーしている。夢のようだった。同じ空間に自分もいる、その事実だけで興奮したのを覚えている。

 でも、もっと心の奥深くに衝撃を受けたのは、テニマガの記者として訪れた1994年のフレンチ・オープンの会場で目撃したゴーラン・イバニセビッチのプレーだった。知らない方のために説明すると、イバニセビッチはサウスポーから繰り出すサービスが最大の武器のクロアチア出身の選手で、ルックスもよかったので当時、日本でも人気があった。ウインブルドンで優勝したこともあるのだが、プレーは荒く、すばらしいエースととんでもないミスが同居しているような感じだった。まあ、そこが魅力のひとつでもあったのだけど。そのイバニセビッチの試合を、ロラン・ギャロスの会場の外れ、15番コートあたりで観た。

 その日のイバニセビッチは特に荒れていた。自分のミスにイラつき、ラケットを何度もコートに叩きつけて折ったりしていた。身長が2m近くあり、手足も長いので、動きに迫力がある。時折、鋭い目でスタンドにいる観客たちをじろりと睨み、大声でわめきちらす。まるで檻の中の猛獣のよう。恐ろしかった。時速200キロ以上のサービスがノータッチエースとなり、ドカン!と凄まじい音を立ててベースライン後ろのフェンスにぶち当たる。鋭い回転がかかっているためにシュルルルッとボールが空気を切る音がするセカンドサービスは、バウンドしてから4mくらい跳ね上がり、相手はまるでスマッシュを打つようなフォームでリターンしている。グラウンドストロークも迷いがなく、すべてハードヒットしているかのようだった。

 衝撃だった。そこで目にしたのは、自分が普段やっているテニスとはまったく違うものだった。世界のトッププレーヤーの身体能力の高さ、そしてその迫力に、身体が震えるほど興奮したのをよく覚えている。

 プロのプレーをナマで観るということ。それはとても意味のあることだと思う。自分のプレーに参考になるかといったら、むずかしいかもしれない。しかし、そこで感じるものは大きい。テニスに限らず、アートや芝居などの舞台、音楽など、本物を見たり触れたりして感じることは、人生を豊かにする、大切な行為だと思う。

 来たる2013年の個人的な目標は、もっとテニス観戦をすることです。プロフェッショナルのパフォーマンスをナマで見て、肌で感じたいと思います。皆さんも時間がありましたら、会場に足を運んでみてはいかがでしょう。きっと新鮮な経験をすると思います。

                         (2012/12/26)


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