「グランドスラム大会を観戦しに行きたいのだけど、どこがいいと思う?」という質問を
何度か受けたことがある。そういうときには、「どこかひとつというのなら、やっぱりウイン
ブルドンじゃないかな」と答えている。理由は、ウインブルドンは「テニスの聖地」だから。
4つのグランドスラム大会すべて取材で訪れたことがあるが、それぞれ違った良さがあり 、
違った楽しみ方がある。
オーストラリアン・オープンの行なわれる1月のメルボルンは真夏。国民性なのか、おお
らかな雰囲気。新しいシーズンが始まったばかり。コートにも張り詰めた空気はそれほど感
じられない。フレンチ・オープンはとても人間くさい大会。球足が遅いためラリーが続き、
試合は長時間にわたる。赤土の上で死闘を繰り広げるプレーヤーたちを、スタンドの観客た
ちが情熱的な声援で盛り上げる。そのためか、番狂わせが多かったりする。晩夏のUSオープ
ンは、エンターテインメント色が強く、まるでショーを観ているかのよう。ラリー中でも観
客たちはおかまいなしに席を移動し、食って飲んでおしゃべりして。いい対戦はだいたいナ
イトセッションに組まれ、真夜中まで盛り上がる。
そしてウインブルドン。「ザ・チャンピンシップス」ともいう。テニスの真のチャンピオン
を決める大会ということだ。「ここで勝つことがテニスを始めた頃からの夢だった」とジョ
コビッチが今年の優勝スピーチで言っていたように、プレーヤーたちのこの大会にかける
意気込みも違う。観客も年季の入ったファンが多く、テニスをよく知っているという印象。
ほかの大会と違って、じっくり静かに観戦している。
大会前日のセンターコートに入ったことがある。薄暗くてかび臭い通路を抜けると、突然
視界が開け、美しいグリーンの絨毯が目の前に広がる。大会が行なわれる2週間のためだけ
に専門のキーパーが一年間かけて念入りに手入れしてきた芝の美しいこと! まだ誰も足
を踏み入れていないまっさらな芝は、神々しかった。かつてここでマッケンローが、ボルグ
が、コナーズが、エバートが、ナブラチロワが、テニス史に残る数々の名勝負を繰り広げたの
だ。コートを見ただけなのに、鳥肌が立つほど感動した。それは、ほかの大会では味わったこ
とのない感覚だった。
話はそれるけど、今年のウインブルドン女子2回戦、クルム伊達公子とヴィーナス・ウイ
リアムスの対戦は見応えがあった。満員の観客が見守る伝統のセンターコート。テニスの聖
地。相手はかつての女王。そんな状況で、復帰して以来最高のパフォーマンスを見せてくれ
るのだから、やはり彼女は「何かを持っている」と思う。
さて、気付けば夏本番。今年のグランドスラム大会も残すは8月後半のUSオープンを残
すのみとなった。錦織圭がそろそろ爆発しそうな気がするのだが、どうだろうか。
(2011/07/21)