第24回       グランドスラム観戦に行くのなら


 「グランドスラム大会を観戦しに行きたいのだけど、どこがいいと思う?」という質問を 何度か受けたことがある。そういうときには、「どこかひとつというのなら、やっぱりウイン ブルドンじゃないかな」と答えている。理由は、ウインブルドンは「テニスの聖地」だから。
 4つのグランドスラム大会すべて取材で訪れたことがあるが、それぞれ違った良さがあり、 違った楽しみ方がある。
 オーストラリアン・オープンの行なわれる1月のメルボルンは真夏。国民性なのか、おお らかな雰囲気。新しいシーズンが始まったばかり。コートにも張り詰めた空気はそれほど感 じられない。フレンチ・オープンはとても人間くさい大会。球足が遅いためラリーが続き、 試合は長時間にわたる。赤土の上で死闘を繰り広げるプレーヤーたちを、スタンドの観客た ちが情熱的な声援で盛り上げる。そのためか、番狂わせが多かったりする。晩夏のUSオープ ンは、エンターテインメント色が強く、まるでショーを観ているかのよう。ラリー中でも観 客たちはおかまいなしに席を移動し、食って飲んでおしゃべりして。いい対戦はだいたいナ イトセッションに組まれ、真夜中まで盛り上がる。
 そしてウインブルドン。「ザ・チャンピンシップス」ともいう。テニスの真のチャンピオン を決める大会ということだ。「ここで勝つことがテニスを始めた頃からの夢だった」とジョ コビッチが今年の優勝スピーチで言っていたように、プレーヤーたちのこの大会にかける 意気込みも違う。観客も年季の入ったファンが多く、テニスをよく知っているという印象。 ほかの大会と違って、じっくり静かに観戦している。
 大会前日のセンターコートに入ったことがある。薄暗くてかび臭い通路を抜けると、突然 視界が開け、美しいグリーンの絨毯が目の前に広がる。大会が行なわれる2週間のためだけ に専門のキーパーが一年間かけて念入りに手入れしてきた芝の美しいこと! まだ誰も足 を踏み入れていないまっさらな芝は、神々しかった。かつてここでマッケンローが、ボルグ が、コナーズが、エバートが、ナブラチロワが、テニス史に残る数々の名勝負を繰り広げたの だ。コートを見ただけなのに、鳥肌が立つほど感動した。それは、ほかの大会では味わったこ とのない感覚だった。
 話はそれるけど、今年のウインブルドン女子2回戦、クルム伊達公子とヴィーナス・ウイ リアムスの対戦は見応えがあった。満員の観客が見守る伝統のセンターコート。テニスの聖 地。相手はかつての女王。そんな状況で、復帰して以来最高のパフォーマンスを見せてくれ るのだから、やはり彼女は「何かを持っている」と思う。
 さて、気付けば夏本番。今年のグランドスラム大会も残すは8月後半のUSオープンを残 すのみとなった。錦織圭がそろそろ爆発しそうな気がするのだが、どうだろうか。


                         (2011/07/21)


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